晴天の霹靂という言葉がある。
この日、緊急入院(手ぶらで病院行ったら、手術してそのまま病棟に連れて行かれた・・・)をする訳であるが、ほんとによく晴れた日だった。あまりにも気持ちが良いので、2,3駅離れた病院までチャリンコで行こうかと思うくらい。
午前中に知り合いの方に紹介してもらった家の近くの病院に行く。
検査をする。結果が出る。医者が驚く。
「肺の半分が水で埋まってます。よく歩いてこれましたねー。とにかくすぐに大きな病院にいってきちんと調べて下さい。」
肺に水とか考えてもみなかったので唖然とする。水って、、、片肺全部って、、、
紹介状を書いてもらい、そのままタクシーに乗り、都心の大きな病院へ。
午後一でつき、診察をしてもらう。そして、再び検査へ。何やかやと午後一杯検査。検査結果をもって、再度診察。
「とにかく、肺の水を抜く必要があるので、そこから始めます。で、入院することになります。」
処置室みたいなところに連れていかれ、麻酔をうたれ、肺に管をさされる。そして、肺から水を抜き始める。病棟のベッドが空くまで、そのまま処置室に寝ている。で、病室へと運ばれる。
ちなみに、病院めぐりと検査と処置と診察が間断なく、誰にも入院することを伝えることすら出来ずに病室へと運ばれる。幸いにして、知人のオカンが親族近辺に連絡を入れてくれ、病室に入った頃には、家族や友人が来てくれていた。
入院するも、この時にはまだ病名はわかっていなかった。肺に水がたまっているのはわかっているが、何故たまっているかというのは、良く分からない状況。なので、呑気に「コーラが飲みたい!」とか言っていた。
が、事態はここから急変する。病室に入って、30分か1時間かした頃から、咳と嘔吐がとまらんくなる。嘔吐といっても、固形物ではなく変な液体がドカドカとでてくる。なんじゃこれと思っていたら、医者がドカドカとたくさん病室にやってきて、何やら話し込んでいる。一度、いなくなり、再度戻ってくるや。
「心臓に水がたまっているので、今からここでそれを抜く緊急手術をします。いいですか?」
といわれる。「はい」としか返しようがない。病室に機材がたくさん持ち込まれ、心臓に管を刺し、水を抜く手術が始まる。
この手術、非常に痛かった・・・カテーテルがなかなか刺さらず、結局2時間くらいか?お腹にブスブス色んなものがささり。終わった頃には意識が飛ぶ寸前である。体も心不全を起こしてかなり危なかったらしい。そんなわけで、手術が終わるやいなや、ICUへと運ばれることとなった。
ICUにて、体にたくさん管が刺される。最後、人工呼吸器も導入されそうになるが、そこはなんとか回避される。ホッ。
この時点で、深夜12時。
ICUで落ち着いた後も、家族や知人が深夜までずっと付き添ってくれていた。みんなが自分の手を握ってくれた。未だにその時の手のひらの感覚を覚えている。
この日のことを語ると、自分の普段居緩いキャラもあってか、人から軽いな~と言われる。が、正直今振り返っても、驚くほどに他人事のような一日であった。痛かったり、辛かったり、というか、そもそも、一度心不全で死にかけたわけだが、目の前のことに精一杯で精神的なショックを受ける間もなかったのか、ココロ揺らぐこともあまりなくホントに淡々としていた。
ただ、家族含め本当にいろんな人に心配をかけてしまった。。。逆の立場なら、間違いなく卒倒する。
余談であるが、、、こういう余談をいうから軽いといわれるだが、
心臓にカテーテルを通す手術中、痛いのと呼吸が出来なくなっていたのとで、意識が飛んだり戻ったりを繰り返していたのだが、飛びきらずに堪えられたのは、ひとえに看護士さんのおかげである。
手術の間ずっと、彼が酸素マスクと丸いゴムボールみたいなので僕の呼吸を助けていてくれていた。
その操作が、単に技術的に優れているだけでなく、非常にマイルドであったのだ。
なぜなら、彼の言葉のみ、沖縄の方言だから、、、
「か~くむ~さ~~~ん、 はぁ~い、 すぅて~~はぃて~~はい すぅて~~~」
イントネーションとテンポが、緊張感溢れる手術の空気感と完全にミスマッチ。
酸素とともに沖縄の風を送り込んでくる。
彼の周りだけ、何だか沖縄の青い空が広がっているのだ。
ホントに癒されました。
2010.3.23記
治療中のことを遡って記録中。始まりは、911
No comments yet.